メキシコ映画「Visa al paraiso(天国へのビザ)」、Lillian Liberman、2010、メキシコ


 スペイン内戦についてはニホン人もわりと関心を抱いた。
 フランコ勢力に対抗し、人民戦線政府が政治を死守しようとしたが挫折し、人民戦線の構成員はフランスへ亡命、しかしフランスもドイツの手に落ち、フランスに滞在する左翼系スペイン人やユダヤ人はアウシュビッツなどの強制収容所へ送られようとする。

 もともとメキシコは、人民戦線側にソ連とともに軍需品を供給していたように、当時の大統領ラサロ・カルデナスはファシズムに対しておおいに危機感を抱いていた。
 在フランスのメキシコ領事であるヒルベルト・ボスケスは大統領と連結しつつ、これらの避難民に対し、メキシコへのビザを発給、死と絶望に瀕していた多くのひと(二万五千人ともいう)を救う。
 このヒルベルト、例のメキシコ革命にも加わり、人一倍正義漢でもあったらしい。

 このドキュメンタリー映画の女性監督もユダヤ人、1995年に百三歳(!)で亡くなったヒルベルトにインタビューしたフィルムを十五年もそのままにして、あれこれ制作方法などに思い悩む。
 当の難民だったユダヤ人たちも少なくなっているので大急ぎでインタビューを繰りかえし、当初は6時間にもおよんだ作品を二時間弱にまとめる。
 もちろんメキシコのユダヤ人は涙ながらに当時のことを振り返り、ヒルベルトやらカルデナス大統領への感謝に胸を振るわせつづける。
 かれたちの親、兄弟、親族で強制収容所にて灰と化してしまったひとはすくなくないのだし。

 ヨーロッパ各国は、ドイツやイタリアとの係わり合いを考えてどの国もこれらのひとたちに手を伸ばそうとしなかった。
 ああ、メキシコよ、と唸ってしまいそう。

 このヒルベルト氏のことをメキシコではユダヤ人以外はあまり知らない。
 しかしこの件は、むかしの中央公論社の世界文学全集のアンナ・ゼーガーズの「トランシット」という作品にも描かれている、マルセイユにて焦燥感にもだえる難民たちの描写とともに。

 いろいろと考えることは多い。
 メキシコのユダヤ人は閉鎖的で寡占的だとかもいわれる。
 それはじじつであるだろう。
 しかもカルデナスにヒルベルトというコンビがあってこそ、このような人道的な措置がとられたのであり、かれらの前あるいは後のメキシコの為政者ならばどんな手を打っただろうか。
 たとえば第二次大戦中、無実のニホン人移民者は、メキシコ政府に適性国として財産を奪われたり、収容所にいれられたりしているのである。

 またスペインにとっては左翼系知識人やらユダヤ人をこうして喪うことによって文化の後進性を刻印される。
 それは以前の1492年におけるスペイン人追放による知的、経済的損失にも匹敵するが、フランコ政権にとっては文化の後進性なんてものは、まさに望みたいようなものであったにちがいない。

 この上映は、メキシコシティ政府の主催による映画祭の一環、監督の挨拶やら質疑応答はもちろん、大部分の客はユダヤ人であり、この難民であったお年寄も一言二言語っていて感動的。
 招待者のなかには、ラサロ・カルデナス大統領の息子、有力な左翼系政治家であるクアテモック・カルデナス氏も含まれていた。

 なお同様な人道的活動を行った外交官には、有名なシンドラーやらニホンの杉原千畝などというひとたちがいる。

 ヒルベルト氏はそのごも順調に外交官暮らしをつづけ、キューバ革命発生時にはまさしくキューバ大使をつとめており、カストロゲバラらと談笑していたらしい。


 それにしてもむかしのメキシコにはこれだけのことができたのに、いまのメキシコのいかに嘆かわしいことだろうか。


(2010/05/30)