アルゼンチン映画「El pasado」(2007)

・”El pasado"、Hector Babenco、2007, アルゼンチン・ブラジル


十二年のブエノスアイレスでの共同生活のすえに、ガーエルはパートナー・ソフィアと別れる。
 それは一見、円満そうには見えたのだが、ソフィアはガーエルへの未練を長く引きずっていたのだった。

 まずガーエルは若く美貌のモデルと住み、フランス語英語翻訳者・通訳者の道を突き進む。
 しかし頻繁にその影をみせるソフィアに苛立ち、はては自滅するような恰好で姿を消す。

 次は同業者であるカルメンとガーエルは暮らす。
 息子までもうけ、子どもをカングロー(赤ん坊抱きかかえベルト)姿で甲斐がしく街を歩いたり、乳母車で世話をするのは一見の価値あり。
 というのは、ガーエルは健忘症のようなものにかかり、今までの仕事を続けられなくなったからだった。

 しかしそこにもソフィアは現れ、ガーエルをホテルに引きずり込むことに成功するが、けっきょくガーエルは拒否する。
 そう思ったのもつかの間、ソフィアは息子をさらってしまう。
 もちろんカルメンは激怒し、仲が裂かれただけでなく、息子とも面会できなくなる。

 なんとか新しい道を切り開くべく、ガーエルはスポーツインストラクターの職を得る。
 しかし今度も関わりあったおんなとトラブルをもち、はてはブタ箱行き。


 そこにふたたびソフィアが現れ、落ちるところまで落ちて改めて生きてみようとするガーエルはソフィアと新規まき直しを試みようとする。
 ソフィアは、おとこたちに失望した(失恋した)おんなたちのためのサロンをはじめて、成功していた。
 そのサロンにてあるふしぎなおんなとのささやかな出会いによって、ガーエルは喪われたちからを取り戻したらしい。
 しかしラストは読み取り方が少々ビミョウ、過去を振り切ることができるようになったのか、それともソフィアと再び生きることに決めたのか。

 全体は、ちょっと見るとガーエルのおんな遍歴風でもあるが、しかし元妻の強引な干渉により、いわばピカロのパロディと化しているところもある。
 しかし他の読み方も可能で、つまり過去のもっている意味、ひとは過去にどれだけ引きずられるかを描いた作品だともいえる。

 それほど評価されるには至っていないようだが、ブエノスアイレスなどの風景が印象的であり、登場する人物、とりわけ女性翻訳・通訳家カルメンは際立った個性を与えられている。
 さいごのサロンは一種のパロディとも受け止められるが、それでも女性の連帯ないし自立、あるいは反マッチョといった点からみると意味があるらしい。
 

               (2007/12/03)