ペルー・スペイン映画「Pantaleon y las visitadoras」1999

 


 「Pantaleon y las visitadoras」、Francisco Lombardi、ペルー・スペイン、1999

 バルガス=ジョサにより1973年に書かれた小説。75年に作者も脚本に加わって、映画化がなされる(ペルーでは撮影が許可されず、ドミニカ共和国にて撮影)。
 その映画、84年に観にいった。タクバヤ地区の風紀のわるい映画館まで出かけた。米国から来ていたニホンジンの女のひとと行ったのだが、案の定、唯一の女性客であった。
 原作は邦訳を一度、読んだきり。

 それから時を経て、99年にペルーでもっともメジャーなロンバルディ監督によって二度目の映画化。露店などでDVDを見かけることもあったが、強いて観たいとも思わなかった。それがTVでやったので、まあ、観てみようかということになった。ニホンでは「囚われの女たち」というタイトルでレンタル屋さんにけっこうあるとかの話。

 観たのが先週の金曜だから、話をどう組み立てようか思い迷った。これ、いわばブラックコメディとでも呼べるような代物。

 規律を重んじる軍隊。しかし兵士も生身のからだ。やはり、やりたくなる。それがジャングルでもあろうものなら、規律なんてあってないようなもの。つい力づくということに。だから住民とのトラブルはたえない。
 そこへ兵舎の兵士に専属の女を提供しようという計画がもちあがる。担当の大尉は、いわば堅物、というかマイホーム派であるが、任務遂行には全力を尽くす。いかに効率よくことを進ませるか。

 ほんとは日陰的なものを効率性重視で公然と営む。これはパロディである。ここで軍、および生身の兵士が相対化される。
 しかし効率重視かつビジネスライクな大尉だったのに、やはり生身の哀しさが漂ってくる。筋が歪んでくる。このへんが作者のネライだったと思われる。

 この話、旧日本軍でいえば従軍慰O婦ということになる。軍によって組織的に実行されながら、いや、組織的ではなかったとか答弁される。
 読んでない本だけど、軍属であった鶴見俊輔までが、その調達をやらされたとかいう話もある。
 旧日本軍の話をバルガス=ジョサが知っていたかどうか。おそらく知らなかったのではないか。しかし、これはどの国の軍でも共通する話。
 地獄の黙示録でのプレイボーイメート、ディア・ハンターでの、乳飲み子を抱えてのプロスティツータ等々。はたして米軍は歴史上、似通った組織を営んだことがあるのだろうか。
 そして戦後のニホンでは米兵相手のパンパンガールが一般子女の貞操を守ったとかいわれる。

 ニンゲンのからだとは、すなわち欲望の塊でしかない。その欲望の塊も高次(だといわれる)の価値観に則って組織化、社会化される。実行しなくてはならない。とはいっても、やはり欲望の塊であることにはかわりがない。ちなみに軍隊は男色の巣窟でもあるんだそうな。

 さて、この話、どこにオチをもってくればいいのか。
 おんながセックスストライキすれば、ほんとに争いごとは終わるのか。
 きちんと合理化しようとしても、生のニンゲンにかかわることは、ニンゲンの思惑を超えたものなのだろうか。


                     (2006/05/31)