西・米映画「Goya's ghosts」(2006)


Goya's ghosts, ミロシュ・フォアマン、2006、スペイン・米国


昨日の映画と同工異曲かと思ったらおおちがい。
 まずは、ミロシュ・フォアマンハビエル・バルデムの組み合わせをどう堪能するか。

 ところがまず面食らうのが、ハビエルがゴヤを演じているわけではないこと。
 ゴヤの役は、なんとスェーデン人の俳優さん。
 ゴヤはじっさい巨体で、ふさわしいスペイン人が見つからなかったのかもしれないが、やはりねえ(ちょうどセルマ版のフリーダの映画で、ディエゴ・リベラの役をイギリス人が演じたように)。

 それでハビエルが演じていたのは、怪僧ロレンソなる人物。

 王権・教権の横暴さのなかに生きているスペインで、生き抜く、栄誉をえていくというのは、ただごとではないはず。
 そこにロレンソはなんとか順応していたはず。
 しかし、ナポレオン軍の侵入により様相は大転換。
 上と下が入れ替わる。
 フランスに亡命していたロレンソはナポレオン軍に取り入って、新政府の指導者。
 しかしそこにイギリス軍が侵入し、王政復古になり、ロレンソは窮地におちいる。
 ネタばれ、書いてるかもしれないが、堀田善衛の「ゴヤ」にもこのへんのことはこと細かく記してあるんで、ネタばれじゃないからね。

 このように、政治状況の変化で、個人はいかに立ち回るべきかを描くのが、ミロシュ・フォアマンが、自分の体験、見聞したことからにじみ出ていると思う。
 時代がいくら変わっても、おなじ問題がいくらでも続くのだ。

 この映画のもうひとつのテーマは、ナタリー・ポートマン演じるところの、富裕な商人の娘兼ゴヤのモデルの運命、異端審問の渦中でいかなる目にあうのか、ということであるが、ネタばれは避けておこう。
 とにかく、これはゴヤの映画ではなく、ハビエルとポートマンの映画だと言ったほうがいいかな。
 ハビエルは、映画「コレラの時代の愛」よりもずっと際立っていた。

 脚本を書いているのは、監督のほかに、ブニュエルの時代から名声で名高い、ジャン・クロード・カリエール



(2008/01/31)